6月25日配信の有料メルマガのメインコンテンツは、東電OL事件の取材報道で人権団体から袋叩きにあった話(3)と完全オフレコの「知られざる閉鎖的巨大イベント『IVS 2012 Spring』レポート(2)」。マスジャーナリズムが陥りがちな「面白いから極端に描く」という罠と、記者にとっての犯罪報道のもうひとつの目的について詳しく解説しています。
以下は本文の抜粋から
社会部ならびにその上部組織である東京編集局が最終的に下した判断はこうだったーーとりあえず「人権に配慮」した新しい記事を書き、これこそが毎日の人権ジャーナリズムだということを伝えよう、と。
そこで私の後輩だった社会部の女性記者に白羽の矢が立てられた。そこに何らかのジェンダー的判断があったようにも思われるが、その決定プロセスを私は知らないので、何とも言えない。ただペルーから帰国後、くだんの女性記者からこう聞かされたのを覚えている。
「佐々木さん、あのときはたいへんだったよ。まあ上層部は女性記者に書かせりゃ穏便に終わるだろうって判断したんだろうね。私はそういう『女性視線』のためにまんまと人身御供として利用されることになったというわけさ」
そうして4月5日の朝刊に掲載された長大な記事は、以下のような内容だ。見出しは『ねじ曲げられた被害者の“素顔” 東電女性社員殺人事件報道』。
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「バリバリのキャリアウーマン」「社内に友人が一人もいない」。被害者の女性(39)に関する週刊誌報道を読んで「まるでギスギスした仕事人間みたい」と思った。しかし東京電力で一緒に働いた人たちの話を集めた時、浮かんできた彼女の“横顔”は少し違うものだった。
「『バリバリのキャリアウーマン』という記述は偏見」。彼女と同期入社の男性社員は切り出した。「昇進は早くも遅くもない。コツコツ仕事をするおとなしい人だった」という。
「ちょっと冷たい感じ」「社内では口をきかなかった」との記事も目立った。しかし、同じ職場のある上司は「バレンタインデーにチョコレートを配るなど不器用なりに職場の付き合いにも一生懸命に工夫していた」と振り返った。別の上司も「仕事が評価されると報告に来た。とてもうれしそうな笑顔だった」とつらそうに語った。
彼女は経済論文を書いて、社内で発表会を自ら主宰して意見を求めるなど研究心もおう盛だった。「辛口の意見にも素直に耳を傾けた」とある社員はいう。
見えてきたのは経済の勉強に静かな情熱を傾け、不器用なりに職場の付き合いに工夫し、黙々と仕事をこなす姿だった。
「“夜の顔”とのギャップを拡大した方が面白いから“昼の顔”を極端に曲げたのでは」。多くの東電関係者は言った。
ゆがめて伝えられたのは“昼の顔”だけではないだろう。彼女が時を過ごしたとされる渋谷区の神泉駅周辺について、ある捜査員は「別の女性を彼女と勘違いしている人もいて、聞き込みが混乱した」と指摘する。
いきなり命を奪われ、プライバシーまで暴かれて、触れられたくない心の傷や過去、現在をひとつも抱えていない人間が今時、どこにいるというのだろう。
事件の全体像を読者に伝えるため、私たちも言葉を慎重に選びながら、彼女の生活の一部を記事にしたことがあった。社内では、その報道の在り方について今も議論が続いている。
彼女のプライバシーが度を越えて次々と暴かれる過程で、ある週刊誌の男性記者が「おれたちみんな地獄に落ちるな。売らんかなで書いているんだ。やりきれないよ」とつぶやいたのが胸を離れない。売るためにプライバシーを暴き「面白さ」を誇張し、虚像をも作ってしまったのではないか。やりきれない思いがした。
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書いた女性記者は『女性視線のための人身御供』と自嘲したが、しかしこの記事はいま読んでもとても真摯な思いにあふれているし、重大な問題をたくさん孕んでいる内容だ。
記事の中で東電の関係者たちが指摘しているように、「“夜の顔”とのギャップを拡大した方が面白いから“昼の顔”を極端に曲げたのでは」という問題。また週刊誌記者の「おれたちみんな地獄に落ちるな。売らんかなで書いているんだ。やりきれないよ」という発言。これらはたしかに的を射ているし、日本のマスジャーナリズムの陥りがちな陥穽だ。
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最近私がもっとも「これは素晴らしい!」と感動したのが、ブラウザ版のエディタアプリ。WriteBoxという名称で、DropBoxと連動し、書いたテキストは自動的にクラウドに置いておくことができます。フォントの大きさなども変えることができ、シンプルで非常に使い勝手も良いと感じました。ここまで来ると、あと期待するのは使いやすい日本語入力のクラウド版でしょうか。現在はWin/Mac版のあるGoogle日本語入力が、遠からずブラウザ版も出してくるのではないかと私は考えています。
■Chrome機能拡張テキストエディタ「Writebox」で、MacとiPhoneのテキストデータを簡単同期
http://t.co/NQ5lgNbD
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以下は本文の抜粋から
社会部ならびにその上部組織である東京編集局が最終的に下した判断はこうだったーーとりあえず「人権に配慮」した新しい記事を書き、これこそが毎日の人権ジャーナリズムだということを伝えよう、と。
そこで私の後輩だった社会部の女性記者に白羽の矢が立てられた。そこに何らかのジェンダー的判断があったようにも思われるが、その決定プロセスを私は知らないので、何とも言えない。ただペルーから帰国後、くだんの女性記者からこう聞かされたのを覚えている。
「佐々木さん、あのときはたいへんだったよ。まあ上層部は女性記者に書かせりゃ穏便に終わるだろうって判断したんだろうね。私はそういう『女性視線』のためにまんまと人身御供として利用されることになったというわけさ」
そうして4月5日の朝刊に掲載された長大な記事は、以下のような内容だ。見出しは『ねじ曲げられた被害者の“素顔” 東電女性社員殺人事件報道』。
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「バリバリのキャリアウーマン」「社内に友人が一人もいない」。被害者の女性(39)に関する週刊誌報道を読んで「まるでギスギスした仕事人間みたい」と思った。しかし東京電力で一緒に働いた人たちの話を集めた時、浮かんできた彼女の“横顔”は少し違うものだった。
「『バリバリのキャリアウーマン』という記述は偏見」。彼女と同期入社の男性社員は切り出した。「昇進は早くも遅くもない。コツコツ仕事をするおとなしい人だった」という。
「ちょっと冷たい感じ」「社内では口をきかなかった」との記事も目立った。しかし、同じ職場のある上司は「バレンタインデーにチョコレートを配るなど不器用なりに職場の付き合いにも一生懸命に工夫していた」と振り返った。別の上司も「仕事が評価されると報告に来た。とてもうれしそうな笑顔だった」とつらそうに語った。
彼女は経済論文を書いて、社内で発表会を自ら主宰して意見を求めるなど研究心もおう盛だった。「辛口の意見にも素直に耳を傾けた」とある社員はいう。
見えてきたのは経済の勉強に静かな情熱を傾け、不器用なりに職場の付き合いに工夫し、黙々と仕事をこなす姿だった。
「“夜の顔”とのギャップを拡大した方が面白いから“昼の顔”を極端に曲げたのでは」。多くの東電関係者は言った。
ゆがめて伝えられたのは“昼の顔”だけではないだろう。彼女が時を過ごしたとされる渋谷区の神泉駅周辺について、ある捜査員は「別の女性を彼女と勘違いしている人もいて、聞き込みが混乱した」と指摘する。
いきなり命を奪われ、プライバシーまで暴かれて、触れられたくない心の傷や過去、現在をひとつも抱えていない人間が今時、どこにいるというのだろう。
事件の全体像を読者に伝えるため、私たちも言葉を慎重に選びながら、彼女の生活の一部を記事にしたことがあった。社内では、その報道の在り方について今も議論が続いている。
彼女のプライバシーが度を越えて次々と暴かれる過程で、ある週刊誌の男性記者が「おれたちみんな地獄に落ちるな。売らんかなで書いているんだ。やりきれないよ」とつぶやいたのが胸を離れない。売るためにプライバシーを暴き「面白さ」を誇張し、虚像をも作ってしまったのではないか。やりきれない思いがした。
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書いた女性記者は『女性視線のための人身御供』と自嘲したが、しかしこの記事はいま読んでもとても真摯な思いにあふれているし、重大な問題をたくさん孕んでいる内容だ。
記事の中で東電の関係者たちが指摘しているように、「“夜の顔”とのギャップを拡大した方が面白いから“昼の顔”を極端に曲げたのでは」という問題。また週刊誌記者の「おれたちみんな地獄に落ちるな。売らんかなで書いているんだ。やりきれないよ」という発言。これらはたしかに的を射ているし、日本のマスジャーナリズムの陥りがちな陥穽だ。
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〜〜ブラウザ上だけですべてが完結する時代がもうすぐそこに!
最近私がもっとも「これは素晴らしい!」と感動したのが、ブラウザ版のエディタアプリ。WriteBoxという名称で、DropBoxと連動し、書いたテキストは自動的にクラウドに置いておくことができます。フォントの大きさなども変えることができ、シンプルで非常に使い勝手も良いと感じました。ここまで来ると、あと期待するのは使いやすい日本語入力のクラウド版でしょうか。現在はWin/Mac版のあるGoogle日本語入力が、遠からずブラウザ版も出してくるのではないかと私は考えています。
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